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◎ヤクルトの古田がついに引退のときを迎えた。
昨日の対広島戦。相手チームの広島のファンまでもが「27」のプレートを手にして、古田の有終の美を演出した。敵ながら天晴れということか・・・
◎立命館大学時代に捕手としての高い評価を得ながらメガネを使用しているという理由で、結局、ドラフトではどこの球団からも指名がなかった。
失意のまま、社会人野球のトヨタ自動車に進むことになるが、その後、球界の常識を破ってヤクルトが指名、晴れてプロ野球選手となることができた。
古田は18年間というプロ野球生活をしめくくり、ヤクルトの黄金時代の立役者として活躍、投手のリードだけでなく、打者としても2000本安打を達成し、見事、名球界入りを果たすまでの選手となった。もし、大学からストレートにプロ入りをしていたらもっとすごい記録を達成できたかもしれない・・・
◎それでも、もしかすると古田にとって2年遅れのプロ入りは大成功だったと私は思う。 もしヤクルト以外の球団が大学時代に指名していたら、野村監督のもとで指導を請わなかったらどうだったのだろう。いい選手であったことは確実だと思うが、野村監督の下でさらにその才能が開花されたのだと思う。
千里を走る能力を備えた名馬であった古田は、条件の整ったヤクルトという球団のもとにあって初めて本当に千里を走ることができたのだろう。
◎教訓。たとえ数年間不遇の時代があったとしても結果として、その後の人生が花咲くものとなればよい。
そんなことを古田が代弁してくれているのかもしれない。
◎今、苦しい時期を過ごしている皆さん、その時期は無駄ではありません。誰かがその姿を目に留めてくれるかもしれません。
私も含めて、その日が訪れることを期待して頑張っていきましょう。
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